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インタビュー・カンボジアで出会った日本人(6)

本日のカンボジアで出会った日本人はシェムリアップでvillaを経営する池田久美さんです。

彼女の海外での生活は2001年に隣国のタイから始まりました。

当時日本の弁護士事務所で秘書をしていた彼女はタイから陸路でラオスに入る旅行に出かけます。その時に、タイで貿易を営む日本人との出会い海外に住むということがイメージできたこと、当時考えていたイギリス留学がなくなったことなど、様々なタイミングが重なり、タイのバンコクでの生活が始まりました。

『今でも私が一番好きなカンボジアの光景はタイ国境からシェムリアップまでの道なんですよ。』

池田さんとカンボジアとの出会いは、タイに住み始めて3ヶ月目の頃に、ビザの更新で陸路でシェムリアップを訪れたことでした。

タイではどんなに田舎でもインフラの整備は整っていましたが、一歩国境を越えてカンボジアに入ると、道は一切舗装されておらず、電気も全く通っていない景色が広がっていました。

『国境を越えた瞬間に全てが変わるんです、本当にビックリしました。乾期には雨が降らないから、バナナの葉っぱに赤土がたくさん積もっていて、真っ赤な景色が広がるんです。』

 

家の周りに放し飼いにされている鶏やアヒルたちののどかで心温まる風景

まだ小学生くらいの牛飼いの子供が夕暮れ時になると牛を従え家路へと帰ってゆく姿

裸足で土まみれになりながらも大きな瞳をキラキラと輝かせて笑う子供たちの素敵な笑顔

今でもそんな光景が忘れられないと彼女は語ります。

現在のようにインターネットが整備されていない当時では国境付近やピックアップトラックで客引きをしているスタッフに連れられて宿に行くというのが主流で、彼女も同じようにして宿に辿り着きます。

『1週間の予定が結局2ヶ月間シェムリアップにいました。毎日が子供の頃の夏休みのような感じで懐かしかったんですよ。』

連れられて着いたのは、正直あまりきれいとは言えなかった小さなゲストハウスでしたが、とりあえず疲れていた彼女はチェックインをします。

しかし実際に泊まってみると、人が良いオーナーに引き寄せられるように集まった素敵なスタッフたち、そんな彼らと一緒にまかない料理を昼夜ごちそうになっているうちに、だんだん家族のような関係になります。

そしてその宿が2ヶ月後に閉まると聞いた彼女はわざわざ1度タイまで荷物を取りに帰り、宿が閉まる最後の日まで滞在することにします。

『夏休みに親戚の家に遊びに行ったみたいな感じだったんです。私もいつかこういうのをやりたいなって漠然と思ったことを覚えています。』

その後2004年にタイでの生活を終えた彼女は日本に帰りますが、その当時の思い出はずっと彼女に強く残っており、強烈すぎたせいで、彼女は写真の整理すら出来ないほどでした。

『写真が趣味で色々な国で色々な写真を撮ってたんですが、カンボジアの写真だけはなぜか整理出来なくて。特に彼らと撮った写真を見ると、あの頃の一瞬一瞬が蘇ってきて、なぜか涙が出てくるのです。』

当時のスタッフの多くが新たに就職していたゲストハウスの名前を聞いていた彼女は、日本にいる間もその名前をインターネットで検索するなどをしていました。

日本人のブログで紹介されているのを確認しては懐かしい気持ちになっていたものの、2006年くらいからその宿が検索しても出てこなくなり、彼女と当時のカンボジアをつなぐ糸は切れてしまいます。

最初に自分が魅せられたカンボジアと全てが変わっている気がして、カンボジアを訪れる勇気が出ずに、カンボジアを避けていた彼女も2011年ついに再びこの地を訪れます。

シェムリアップ到着後、移動するために乗ったトゥクトゥクの運転手に彼らの多くが新たに働いていた宿を確認するも5、6年前に閉めたと聞かされます。

覚悟はしていたものの、当時のカンボジアではメールアドレスを持っている人間などほとんどおらず、連絡のとりようもなかった彼女は失意のまま、みんなで撮った写真を片手に2001年の夏休みを一緒に過ごした彼らを探し始めます。

10年という月日、たよりはたった1枚の写真

ましてや観光業に従事している人間など、出稼ぎで他の地方から来ているものも多く、不可能にも思える10年前の夏休みを探すという作業

写真を片手に尋ねて回るも知っているという人は現れません。

そんなことを続けていたある日、3人目に尋ねたドライバーから電話が掛かってきました。彼は池田さんと出会ったときに写メールでその写真を撮影し、その後も1週間色々な人に聞き続けてくれていたそうで、写真に見覚えがあるという人に出会ったのです。

写メールなので不確かであったために、直接写真を確認したいということですぐさま現場に駆け付けた池田さん。

実際の写真を見せると、名前まで合致しており、当時の彼らと会う機会をセッティングしてもらいます。

今でも待ち合わせ時間が夜の7時半だったことを覚えていると話す彼女は、待ち合わせ場所に向かいます。

待ち合わせ場所であるシェムリアップの繁華街Pubstrretの看板が見え始めると、10年という月日に彼女は少し怖くなります。

果たして彼らは自分たちと同じ気持ちでいてくれたのか?

10年前のゲストハウスの客のひとりだった自分を覚えていてくれているのか?

自分の気持ちが強すぎるために、そんな期待と恐怖が入り乱れていた彼女を待っていたのはあの頃と変わらないスタッフ達の笑顔でした。

5人ものスタッフが集まってくれて、現在は別のお店をやっているという当時のオーナーにもそのまま会いにいきました。

奇しくもその日は池田さんの誕生日でした。

みんながローカルのケーキを用意してくれて、ささやかなお祝いをしてくれた場では彼女はもちろんカンボジア人のスタッフたちも涙を浮かべていました。

『みんなと出会えたことが一番大きかったですね。でも水や電気のインフラ、治安をとっても昔は住みたかったけど住めない環境でしたが、今なら出来るんじゃないかって。』

1度日本に帰った彼女は4ヶ月後にはすでに物件を探すために再びシェムリアップに戻り、2011年10月に満を持して、tree of lifeというvillaをオープンさせます。

『別にホテルをやりたいって訳じゃなかったんです。ただ自分が10年前にカンボジアで味わった素敵な経験、そういう場を今度は自分で作りたかっただけなんです。』

下記にtree of lifeのHPの彼女の挨拶を引用させて頂きます。

~そしてその時に思った"いつかこの地に住みたい"との想いが10年経った今現実となりました。ここに至るには運命としか思えない沢山の出逢いや幾多の不思議なできごとなど、まだまだこの場では語りつくせないことばかりです。

シェムリアップの地で初めて私が味わった感動を皆さんにも感じて頂くことができたらとの想いから始めた "Tree of Life"です。

ここアンコールワットの地シェムリアップでそのお手伝いができたらこんな幸せなことはありません。

KUMI IKEDA

インタビュー終わりにスタッフと池田さんの写真を撮らせて頂いたのですが、その時に見せて下さった笑顔の素晴らしさ。

話を聞くと写真右の方は10年前のスタッフで再会後にtree of lifeで働くことになったそうです。

ドラマのような話ですが、この写真の彼らの笑顔が10年にわたる全てのドラマを物語ってくれているように感じました。

旅行好きで世界を色々と回った経験から誰と出会うかで旅は変わると話す彼女は、tree of lifeを人とのつながりが生まれるような場所にしたいと心がけています。

現地の人とくだらない話をして、飲んで笑って1日が終わった。

そんな旅の醍醐味を味わってもらいたくて、宿でスタッフも交えたパーティを開催したり、みんなでローカルのレストランにご飯を食べに行くような企画も不定期で開いています。

『バックパッカーみたいなことは出来ないけど、ツアーのパッケージ旅行は味気なくて嫌だ』というような20代後半~の一人旅の女性も増えているそうで、『また来ます』『帰りたくなくなった』という声を聞く度に、『1日でも長くこの場所を守りたくなるんです。』と嬉しそうに語る池田さんの笑顔が印象的でした。

  

『カンボジアナビ見ました』でウェルカムドリンクのサービス特典あり。

庭には南国ムード満点の熱帯樹が生い茂り、ハンモックが用意されており、入り口から夏休みのワクワク感を演出してくれています。

小さい頃に親戚の家で誰もが味わう夏休みの優しい時間の流れ

何をする訳でもなく1日が終わった懐かしい時間の流れ

そんな気持ちを思い出させてくれるシェムリアップのvilla・tree of lifeの予約やお値段の確認はこちらの公式HPから。

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